Bright 英語教育

イギリス大学院でTESOL(英語教授法)を履修した、英語教育とイギリスをこよなく愛する高校教師が、英語教育、英語学習、イギリス留学関係、その他諸々を書き綴っていくブログです。日本のbrightな英語教育を思い描きながら…。

国際語としての英語!? 

国際語としての英語の役割について、ここ最近で感じたことです。

 

先日旅行したポーランドでは、夜に友達が友達を呼び、その友達がまた別の友達を呼び、という形になり、ポーランド人、スロバキア人、スロベニア人、そして日本人とナショナリティーに富んだ飲み会になりました。合計10名程だったのですが、驚いたことにポーランド人、スロバキア人、スロベニア人がコミュニケーションを取るのに使っていたのは、ポーランド語でした。英語ではなかったのです。スロバキア人に、「そんなにスロバキア語とポーランド語は似てるの?」と聞いてみると、「うーん、半分くらいかなあ」と答えました。英語も堪能な彼らにとっては、英語でコミュニケーションを取った方が楽なのではと思ったので、ポーランド語でのやり取りがとても意外でした。スロバキア人の彼は言いました。「せっかくポーランドでこうやって集まれてるんだから、ポーランド語の方が心地いいし、その方が仲良くなれるじゃん!」

言語の役割はこれだ!と思いました。

その土地にいるからにはその土地の言語を使い、その土地の文化に浸る。そうしたことがその地の人々へのリスペクトを示して、深く繋がるきっかけとなる。外国人が日本に旅行に来ていて片言でも日本語を使ってくれるとなんだか嬉しいですもんね。これは英語では果たせない役割だなあと思いました。日本人やスロバキア人がポーランド人と英語で話した時は、英語はただのコミュニケーションツールでしかなくて、文化的背景は含まれず、ポーランドへのリスペクトは示せません。人と人との直接的なかかわりを確かなものにしていくためには、「その土地の言葉を使ってみる」ことが不可欠なのかなあと感じました。それは今後どれだけ人工知能が発達して自動翻訳機が正確になろうが、欠かせないことかなあと思います。

もちろん世界中の人々が対等な立場で、それぞれが持つ異なった文化や価値観を認めながらコミュニケーションをとる際に、一番使用される言語は英語です。ビジネスの世界でも国際会議の場でもそうです。世界の全情報のうち約85%は英語で書かれているとされています。英語ができれば英語を母国語とする国々だけでなく、第二言語とする国々、中国やサウジアラビアのように外国語として英語を学んでいる国々の人たちとコミュニケーションが取れます。しかし、本当に「その土地の人々と仲良くなりたい!」と思ったら、英語はその土地の人々と知り合うきっかけやコミュニケーションの道具に過ぎず、現地の言葉を学ぶ必要があると思います。そこに国際語としての英語の限界がありそうです。

また、英語と一口で言っても、イギリス英語、アメリカ英語、オーストラリア英語、シンガポール英語、インド英語、ガーナ英語…さらには日本語英語と様々です。どんどん多様化しています。”English” ではなく"Englishes"と呼ばれるようにもなってきました。何が正解とはありません。CenterをCentreと書こうが、good dayをグッダイと言おうが、それはerrorではなくdifferenceです。中学校がアメリカ英語ベースだから、、と縛られずに、自分が興味を持った国の言語を学べばいいと思います。極端ですが、日本に来ている外国人と少し話せることが目的なら日本語アクセントの英語でもいいと思います。少し前には英語を学ぶ目標として「ネイティブ(特にアメリカ人)に一歩でも近づくこと」に重きを置かれていましたが、英語の国際化を経て、日本人ひとりひとりのニーズに合った英語(もしくは他言語)を目標に学習すべき時代になってくるのかなと思います。その際日本人としての自覚と自信を持つことも同時に重要ですね。

私はイギリス大好き人間なので、バリバリのブリティッシュアクセントを習得して来年教壇に立ちたいと思います!