Bright 英語教育

イギリス大学院でTESOL(英語教授法)を履修した、英語教育とイギリスをこよなく愛する高校教師が、英語教育、英語学習、イギリス留学関係、その他諸々を書き綴っていくブログです。日本のbrightな英語教育を思い描きながら…。

順位を公開したら、、、

学力について、生徒の一言から考えさせられました。徒然なるままに書き綴ります。

 

 

先日、3学期の宿題考査順位が発表され、学年1位~50位の一覧を教室に掲示しました。

私のクラスで毎回学年順位7~10位辺りを取っていた生徒が、遂に今回学年1位を取ったので、

 

「凄いね!!遂に1位だね!やったね!」

 

と全力で褒めたら、意外な返事が返ってきました。

 

「ありがとうございます。確かに嬉しいんですけど、なんで何でも順位付けようとするんですかね?次へのプレッシャーが半端ないです。」

 

こう言われたときに、ドキッとしてしまいました。

 

教室では右を向けば考査の順位、左を向けば毎週水曜日に行われる英単語小テストの点数が全員分公開されています。

確かに、学校では「個性を伸ばせ」とか「文武両道だ」とか散々生徒に言っておきながら、しっかり学力をランク付けしています。

 

教員側には、生徒のやる気を喚起させる、現状を把握させる、といった意図で順位や点数を公開していたとしても、生徒側がそのように受け取るとは限りません。

 

ひょっとしたら、知らないうちに、

 

 点数が取れる = 良い生徒

点数がとれない = 悪い生徒

 

なんていうイメージを植え付けることになっているのかもしれません。

そうして生徒は点数をとることに捉われてしまい、またこの学年1位の生徒のように、他人の眼を意識するようになってしまう。

点数が悪いと、自分なんかだめだ、とネガティブに思い込んでしまう。

これは恐ろしいことです。

 

本当の生徒の価値は、点数なんかじゃ測れません。

そもそも音楽とか、美術とか、芸術が好きな生徒の価値を点数では測れません。

コミュニケーション力のある生徒、思いやりにあふれる生徒、チャレンジ精神旺盛な生徒の価値を点数では測れません。

テストの点数や成績なんて、薄っぺらいモノサシのひとつにしか過ぎません。

 

学校で大切なことは、学力を競わせることじゃなくて、個人の努力を応援することなのかなあと思います。

「成績オール2」が悪いんじゃなくて、「努力をしなかった成績オール2」が悪いんだと思います。その生徒が、次の学期では自分なりに努力して、一つでも3が付いたら、それを認めて褒めてあげることが大切なのかなあと思います。

 

なんだが学校にも自分にも、「生徒の努力を見つけて、褒めてあげる」ということが不足しているなあと気付かされました。

 

学校外でも、スポーツ界では世界大会があったり、これからオリンピックがありますが、なぜか金メダルを取った者だけが偉いと捉えられていたり、金メダルを取った者だけが英雄みたいな扱いを受けがちです。金メダル取れなくてすみません。なんて謝る選手もいます。

しかし、そもそも世界大会やオリンピックに参加する、ということ自体に計り知れない努力が隠れているわけで、参加することだけで意義があると思います。メダルが取れなかったからダメとか、そんな見方はおかしいわけで、大会に参加するすべての選手の努力をリスペクトするべきです。

 

なんだか話しが脱線しましたが、

生徒には、順位なんて気にするな、他人の眼は気にするな、自分が努力出来ているかどうかだけはしっかり気にしろ、というように伝えていこうと思います。